前3回にわたり、5~7%の高い経済成長率で活況を呈する人口大国ベトナム・フィリピン・インドネシアの3国を取り上げたが、本号においては、2015年11月の総選挙でアウンサンスーチー氏の国民民主連盟(NLD)の勝利により民主化を遂げて、一気に注目を集め始めたミヤンマーに焦点を当てたい。
1.ミヤンマーとは
最近の報道ではミヤンマー関連記事を目にしない日は無い程、同国への注目度は高まっている。
長期にわたる軍政下に於ける民主化を求める民衆の抑圧や、アウンサンスーチー氏の拘束・自宅軟禁を受け、日本を含む欧米先進国の経済制裁により、中国など例外を除けば、ほぼ国際社会から孤立していた国家運営が、ようやく2011年の民政化への動きにより徐々に外への扉が開かれ、2015年11月の総選挙で不完全ながらも民主政治への劇的な変革がなされたことは記憶に新しいところである。
特に国家の顔ともいうべきアウンサンスーチー氏の波乱万丈・生死の境を乗り越えて実現した同国の民主化の加速と、人口約53百万人というAECで残された最後のフロンティアともみられる同国の経済発展の行方は目が離せないところである。
日本との関係を遡ると、同国が英領インドへ編入されていた時代の19世紀末に、すでに両国間の交易が始まっていたが、1940年代初頭に英国植民地からの独立を目指し、後に「建国の父」と称えられたアウンサン将軍が率いるビルマ独立義勇軍を日本が支援した歴史があり、第二次大戦後においても反日運動の起こらなかった唯一の国、と言われるほどの親日国家である。
名著「ビルマの竪琴」においても、その関係を垣間見ることが出来るが、加えて驚くことに、同国士官学校の卒業式などで歌われる歌に、ミヤンマー語によるあの軍艦マーチがあるほか、日本の軍歌の数々が今でも歌われているとのことである。
因みに、YOU TUBEで「日本語、ミャンマー語で日本の軍歌を歌う、国軍アカデミーの卒業生」の検索をお薦めしたい。
2.開かれた市場への転換
ミヤンマーの政治・経済・文化などに関する基本的な情報については外務省HP(国・地域別一般情報)を参照頂くとして、ここでは本特集の趣旨でもある同国の市場性について考えたい。
ミヤンマーの主要経済指標 【表-1】
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2010年
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2011年
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2012年
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2013年
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2014年
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直近4年間
伸び率(%)
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人口(百万人)
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51.7
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52.1
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52.5
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52.9
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53.4
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3
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生産年齢人口比率
(15-64歳・%)
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65
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66
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66
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66
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67
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―
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GDP(10億ドル)
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49
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59
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59
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60
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65
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33
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GDP/1人(ドル)
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996
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1,196
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1,181
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1,179
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1,278
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28
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日本の輸出(億円)
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229
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400
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1,003
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1,031
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1,258
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449
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日本の直接投資
(100万ドル)
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―
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―
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―
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―
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86
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―
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日本のODA(支出純額・100万ドル)
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46
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46
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92
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2,528
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213
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62倍
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※ODA:政府開発援助は、有償・無償資金協力および技術協力の合計額。
直近4年間伸率欄は、ODA累積残高の2010年比倍率。
※出典:世界銀行World Development Indicators、財務省貿易統計、外務省資料、 JETRO
表-1に示す通り、一人当たりGDPから判断すると、2013年から2014年にかけてようやくLLDC(最貧国)から抜け出して、世界銀行の所得階層でいう低所得国から下位中所得国へランクアップした。
これはひとえに、軍政から民主化路線への変換に呼応した先進各国からの支援によるところが極めて大であり、もともと友好関係にあった日本の2012年以降のODAの急増振りを見れば明らかである。
因みに、日本のODAの供与国としてのASEAN各国の2014年実績値では、ベトナムに次ぐ第2位であるが、同時に同国に対する援助国(先進国)による援助額ランキングでは、この数年かつての宗主国である英国と日本がTOP争いを続けているが、2012年以降は日本のODAが突出しており、日本の外交政策に占める同国の重要性が見て取れる。
ODAは主として教育・保健医療といった民生分野のほか、道路・鉄道・港湾・エネルギーと言った経済インフラの構築なども柱となっており、このODA急増が対外直接投資(FDI)の呼び水となって民間投資が追随することになる。
日本は表-1の通り2014年に再開して以降いよいよ民間企業の出番という状況だが、同時にシンガポールを始め他国の投資も前年比倍増の勢いで加速している。
1988年の軍政移行後2012年までの同国の外資受入累積総額では、中国が全体の35%と圧倒的、次いでタイ・シンガポール・香港・英国と続き、日本は僅か0.7%とこの分野での存在感は希薄だが、正にこれからがそのプレゼンスを高める時である。
また、直近の9月14日には、オバマ大統領とアウンサンスーチー国家顧問との間で、経済制裁の全面解除が合意されており、米企業を含めた同国への進出競争の激化が予想される。
最近の世界銀行発表でも、同国の経済成長率は2015年の7.8%、2016年の8.4%(予測)とAEC随一の高い伸び率であり、外資と成長の好循環が始まった感がある。
3.ミヤンマーの魅力
去る6月、駐日ミヤンマー大使のウ・トウレイン・タン・ジン大使の「アジアの中枢での潜在的なビジネスチャンス」との講演があったが、投資誘致に関するセールスポイントをメインに、以下要点を整理する。
① 戦略的ポジション:周囲を中国・インド・バングラディシュ・タイ・ラオス6ケ国に囲まれ、自国を含めた総人口29億人・世界人口の40%、GDP総額(購買力平価ベース)で約30兆ドル・世界の25%を占める地域の中心に位置している。
また、東のベトナムとはインドシナ半島を横断する東西及び南部経済回廊で結ばれ(整備中)、西は中近東・アフリカまでを視野に入れる陸海路の物流のハブとなり得る潜在力を有している。
②
人口ボーナス:生産年齢人口比率65%、65歳未満人口比率95%(因みに、日本は73%)、勤勉な国民性と識字率93%という質量兼ね備えた、かつ将来はともかく、現時点ではタイの1/3程度の低廉な労働力を持つ。
③豊富な資源:同国輸出総額の40%以上を占める天然ガス資源は世界有数と言われており、金銀銅鉛錫などの鉱物資源や翡翠・ルビーなどの宝石類に恵まれるほか、農林水産資源の開発余力は大きい。特に農業に関してはかつて世界一であったコメの輸出国への復活に繋がる肥沃な農業適地の多くが手つかず状態で、開発を待っている。
④インフラ整備:電力・道路・鉄道・運輸につきASEANスタンダードへの早期キャッチアップを最優先課題としている。
⑤
経済特別区:外資誘致に不可欠な特区設置に於いては、以下が進行中である。
・ティラワSEZ:日本ミヤンマー合弁の特区で、2015年に開業。首都ヤンゴンから20KMと至近であり、東西経済回廊の西の出口の入江を挟んだ対岸に位置する。
・ダウエーSEZ:最終2万haの巨大特区で日本も参画して開発中、将来的にはシンガポールに比肩する製造業の一大拠点との構想で、南部経済回廊の出口としてインド洋へのゲートウエイとなる。
・その他、中国雲南省昆明とのガスパイプラインで繋がるチャオピュー港を擁するチャオピューSEZが工業団地として計画中である。
⑥
投資企業管理局(DICA):ミヤンマー投資委員会(MIC)の窓口機関で、内部に「JAPAN DESK」を設置している。
法制・税制・投資優遇措置・土地使用権・関税特権・特恵関税制度・投資案件の評価と指導・会社登録と管理など、よろず相談窓口の任に当たっている。
⑦ミヤンマー日本両国間のWIN-WINの経済発展を志向する。
※出典:在東京ミヤンマー大使館資料
4.ミヤンマー市場の現状と将来
2013年の日本のミヤンマーへの輸出額は1,032億円、この75%が輸送用機器、対する
同国からの輸入額は741億円、この79%が衣類他の軽工業品である。
日本の全世界との貿易総額約151兆円に対し、対ミヤンマーの1,773億円は僅かにその0.01%であるが、この比率以上に、先進工業国と低開発国間の典型的な貿易構造になっており、ここに日本企業にとっては資本・技術の投入による将来の成長の果実への大きな可能性があると考える。
本特集その2で既に触れたが、豊富な地下資源に恵まれ急速な成長を遂げて低所得国から中所得国に発展した後、いわゆる中所得国の罠から抜け出せないケースが多い。ミヤンマーも似たような発展過程を辿ると予想され、この面では日本の誇る製造業や技術開発力が期待されるわけだが、筆者はそれらに加えて、同国の農業生産の潜在力に注目する必要があるのではないかと思う。
農業は、有限な石油・石炭・鉱物資源とは異なり持続可能、のみならず最近の世界レベルの巨額M&Aで話題の種子ビジネスや、ICT利用を含めた農業技術の進歩により拡大再生産が可能である。一方では、世界人口が2050/2100年にはそれぞれ97/110億人との国連予測もあるわけで、長期の視点で見た場合、同国が中所得国の罠をクリアする要素の一つに、高度化された農業と食品産業から国内外物流全般に亘るサプライチェーンの構築において、大きな可能性を秘めているのではないか、そしてこの部分においても日本企業の舞台は大きく広がるものと期待される。
ミヤンマーはやっと最貧国を脱したばかりだが、重要なことは民主化の流れが確かなものとして根付き、それを下支えする為にも同国の経済成長 をバックアップする日本の存在が極めて大きいということである。民主化元年からしばらくは、様々な面で急速な変貌を遂げていくと思う。この意味からも、日本アセアンセンター、JETROなどの各種機関による現地事情調査視察団の派遣には、積極的に参加されることをお薦めしたい。
改めて、“Seeing is believing”、“百聞は一見に如かず”に加え、中長期的にも定期的な踏査による定点観測も意義のあることだと思う。 (以下、次号)
(文責:今井周一 平成28年9月20日)
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